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東京地方裁判所 平成7年(ワ)24677号 判決 1998年9月28日

原告

内藤五和

右訴訟代理人弁護士

加藤晋介

被告

株式会社富士インターナショナル

右代表者代表取締役

玉城清次

右訴訟代理人弁護士

福井富男

内藤潤

森雄一郎

神田遵

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告が被告における「中華航空台北本社の定める定年退職者に対する航空券優待取扱の権利」を有することを確認する。

二  被告は、原告に対し、金四五〇万円及びこれに対する平成七年一二月三〇日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、中華航空公司の航空座席の予約及び発券業務等を目的とする被告に勤務していた原告が退職後、中華航空公司の規定を準用して、同規定に定める航空券優待取扱の権利及び同権利を得られなかったことによる損害賠償を被告に対し求めた事案である。

一  当事者間に争いのない事実等

1  被告は、中華航空公司(以下「中華航空」という)の航空座席の予約及び発券業務を目的とする株式会社である。

原告は、昭和四五年五月一日から昭和四九年四月三〇日まで、中華航空の空港旅客係として勤務し、同年五月一日、日中国交回復によって日台路線が廃止され、同社の東京事務所が閉鎖されたのに伴い、同社を退職した。その後、原告は、昭和五一年八月一日、被告に入社し、同年一〇月二四日まで予約課に、同月二五日から昭和六〇年八月三一日まで中華航空に移籍してそれぞれ勤務した後、同年九月一日、再び被告に移籍して旅客営業部長として平成四年一月一〇日まで勤務したが、同日部長職を解かれ、同年二月二九日、被告を退職した。

2  被告の平成五年一〇月一日から施行された就業規則(以下「新就業規則」という)二一条は、定年退職に関し、次のように規定している(書証略)。

第一項 社員は満六〇歳に達した月の末日をもって退職する。但し、個人の能力・健康状態及び業務上の必要性を考慮して満六三歳まで個別的に延長をすることがある。

第二項 下記の各職務に該当する社員が各々の条件に到達したとき、自己の希望により退職する事ができ、定年退職と同等に扱われる。

一般職 勤続満一五年或いは満五二才

課長職以上 勤続満一五年或いは満五三才

部長職以上 勤続満一五年或いは満五四才

支配人以上 勤続満一五年或いは満五五才

第三項 定年退職者は中華航空または(株)富士インターナショナルのいずれの所属に関わらず、中華航空台北本社の定める定年退職者に対する航空券優待取扱いの福利を受けることができる。但し、一九八八・七・一以降入社者が本条第二項により退職した場合は除外する。

なお、平成五年一〇月一日施行の就業規則以前の被告の就業規則(以下「旧就業規則」という)には、右のような航空券優待取扱いの福利に関する規定はなかった(書証略)。

3  中華航空社員及び家族の自社便利用優待規定(以下「航空券優待取扱制度」という)は次のとおりである(書証略)。

第三条 優待種類及び回数は別表1参照、搭乗規定は下記のとおり

第一項 無料券のファースト、ビジネス、エコノミーラクスの適用は職務地位によって異なる。

(以下省略)

第八条 問題事件等を起こした社員、或いは規則違反により解雇された社員は、問題発生或いは規則違反日より、離職手続の完了か否かに関わらず、全てこの規則による優待航空券の発行を受ける権利を享受できないものとする。

第三条 退職社員及びその家族の優待航空券に関する規定

第一項(優待対象)

当社の正社員(海外地区雇用正社員を含む)であり、本社定年退職規定により退職した本人及び退職時に本社に登録されている直系親族を対象とする(海外地区雇用の社員に関しては現地政府労働法により退職した者)。

第二項(優待種類及びクラス)

一号 優待種類及び回数は添付表1による

二号 クラスについて

退職社員及びその配偶者が無料券で国際便を利用する場合、在職時と同様のクラスを維持できる。

(以下省略)

第三項(省略)

第四項(制限規定)

(一ないし三号省略)

四号 以下の各項のいずれかに該当した場合、その事実を審議し、情状の度合いにより、本人及び家族の優待航空券(の発行を申請する権利)を一年間或いは長期停止する。

<1> 会社に不利なうわさをまきちらし或いは文章を掲載した者

<2> 会社のイメージをこわす行為を行った者

<3> 在職時に会社の帳簿に穴を空け(横領・背任行為)、退職後発覚した者

(以下省略)

なお、右規定によれば、部長職での定年退職者及び定年退職と同等に扱われる者は、無料のビジネスクラス航空券を年一回、料金四分の一で同クラスの航空券を回数の制限なく発券してもらうことができることになっており、役職のない社員の場合は、無料のエコノミークラスの航空券を年一回、四分の一の料金で同クラスの航空券を年四回、二分の一の料金で同クラスの航空券を回数の制限なく発券してもらうことができることになっている。

4  原告は、被告及び中華航空に一五年以上にわたり勤務してきたことから、被告に対し、優待航空券の発券を求めたが、これを拒否された。

二  主たる争点

1  航空券優待取扱制度の被告従業員への準用の有無

(一) 原告の主張

被告は、一応独立の法人格を有しているものの、その実質は中華航空の日本における営業部門にほかならず、その実態は被告の名義を中華航空に貸しているにすぎず、労働条件等は全く中華航空と同様であり、被告の従業員は中華航空の社員として扱われてきたのであり、航空券優待取扱制度についても、被告の従業員は中華航空の規定の準用を受けるものと認識しており、そのような慣行もあった。

(二) 被告の認否及び反論

原告の主張を否認する。

原告が退職した当時の旧就業規則には、航空券優待取扱制度に関する規定はなく、中華航空の規定が準用されるという慣行もなかった。

2  前記1が認められない場合、原告と被告の間に航空券優待取扱制度を準用する旨の合意があったかどうか

(一) 原告の主張

原告は、その退職に関して被告と話し合った際、被告との間で航空券優待取扱制度を準用する旨被告と合意した。

(二) 被告の認否及び反論

原告の主張を否認する。

原告は、後記のとおり、その在職当時、不正行為をしており、それがきっかけとなって、退職することになったものであるから、当時、被告が原告に航空券優待取扱制度を認めるはずはない。

3  前記1が認められる場合、原告の不正行為により、原告は航空券優待取扱制度を享受する権利を失うかどうか

(一) 被告の主張

原告は、その在職当時、旅客営業部長の地位を利用して、ホールセラーである株式会社ダイナスティーホリデー(旧商号「株式会社ジャパンコスモス・ダイナスティーホリデーズ」、以下「ダイナスティー」という)から発券を受けた繁忙期の航空券(原告はそのために繁忙期の座席をあらかじめ二〇席程度確保していた)をダイナスティーから購入代金に自らの利鞘を乗せた値段で無免許業者等、座席を押さえる営業力の弱いエージェント等に転売し、不正な利益をあげるという不正行為をした。

したがって、中華航空の航空券優待制度に関する規定八条、一二条四項三号に該当するので、航空券優待制度の適用は受けられない。

(二) 原告の認否及び反論

被告の主張を否認する。

繁忙期の座席の確保については、被告も了解していたことであるし、たとえ営業力の弱いエージェントであっても、オフシーズンに航空券を購入した業者には繁忙期に優先的に航空券を割り当てるのも営業努力として必要なことであり、原告に責められるべき点はない上、転売の際に自らの利鞘を上乗せしたことは一切ない。当時、中華航空の日本支社長兼東京支店長であった張太士(以下「張支社長」という)は、原告と対立していたことから、エージェントに圧力をかけ、被告が不正行為と主張する事実の証拠を捏造して原告を退職に追い込もうとしたものである。

第三当裁判所の判断

一  航空券優待取扱制度の被告従業員への準用について

1  (証拠略)並びに原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められ(当事者間に争いのない事実を含む)、右証拠中これに反する部分は信用できず、採用しない。

(一) 中華航空は、中華民国を代表する民間航空会社であり、日本国内には、東京所在の日本支社、福岡、沖縄の各支店のほか、広島及び大阪に営業所を有しており、日本支社には三七名の従業員がおり、うち二二名が羽田空港に勤務している。

中華航空は、日中国交回復に伴って昭和四九年日本と台湾の国交が断絶されることになった際、日台路線が廃止されることになり、日本における営業活動は一切停止した。その後昭和五〇年に日台路線が再開されることになったが、中華航空の日本における営業活動は、日本国法人の第三者を通じて行わなければならなくなったため、当初は株式会社エンパイアツーリストを、昭和五六年からは被告を中華航空の日本総代理店とし、以来被告が中華航空の営業に関する一切の業務を代行することになった。

(二) 被告は、昭和五五年一二月九日、航空座席の予約及び発券業務並びに航空貨物の受渡取扱いに関する業務等を主たる目的として設立された株式会社で、名古屋、福岡に支店を有し、具体的には、いずれにおいても中華航空の営業に関する活動をし、中華航空から売上に応じたコミッションを得ているが、中華航空との間に資本関係はない。

被告は、中華航空日本支社と東京都港区新橋所在のオフィスを共用しており、そのオフィスにおいては専ら中華航空の営業に関する活動をしているが、組織上、両社の総務、人事、経理は明確に分かれており、両社の職を兼任する従業員、役員はおらず、賃金の支払い、税務処理、身分証明書の発行は両社個別に行っている。ただ、被告の旧就業規則三六条(書証略)には、両社間の転勤、転職について定められ、従業員はそれを拒否できないこととされ、新就業規則二〇条(書証略)にも同趣旨に加え、勤続年数について両社での勤務年数を通算する旨定められており、実際にも両社間の人事異動は行われている。また、そのオフィスのある建物の正面ウィンドーには大きく「中華航空公司」と表示され、その下に「総代理店 富士インターナショナル」と小さく表示されている。対外的には、被告の従業員も中華航空の名称の記載された名刺を使用し、オフィス内での電話の応対などでも中華航空と名乗っている。

なお、被告の代表者は沖縄在住であり、新橋所在のオフィスにおいて実質的な業務を行うことはほとんどなかった。

(三) 中華航空の航空券優待取扱制度は、被告の旧就業規則には規定されておらず、新就業規則には規定されている。そのようになった経緯は、平成五年一〇月ころ、被告から張支社長に対し、人材確保のために福利厚生面等について中華航空並みに向上させて欲しい旨の要請があったため、張日本支社長が中華航空本社に申請し、同社の同意を得て新設された。

ところで、平成二年一〇月、被告において、井町博が被告設立後初めて定年退職した際、被告から中華航空日本支社に対し、被告における初めての定年退職者であり、長年の労苦に報いるために航空券優待取扱制度の適用を受けることができないかとの要請があったのを受けて、中華航空本社に打診し、許可を得た結果、右井町に対し、航空券優待取扱制度を適用できることになったが、新就業規則施行以前で、同制度が適用された被告の従業員は右井町だけであった。

また、平成二年には、中華航空日本支社長であった川澤申一が中華航空を退職した際、同社の規定によって、航空券優待取扱制度の適用を受けているが、同人は、退職の約二年前に中華航空に移籍するまでは、長年被告の支配人を務めてきた。

2  右の事実によれば、被告は、専ら中華航空の総代理店として、中華航空の営業に関する業務一切、かつ、右業務のみを行い、中華航空とは人的異動もあり、オフィスも共用し、対外的には中華航空の名称を用いることもあるなど同社との関連が極めて密接であったことは明らかである。また、中華航空としては、日本において営業活動を行うことができなかったために、被告に対し、中華航空に代わって営業活動をさせていたという面があり、中華航空側からすれば、被告は日本における営業部門的な位置づけであったことも否定できない。

しかし、一方において、被告は、中華航空とは資本関係もないあくまでも独立の法人であり、税務処理その他も各別に行われ、従業員や役員の兼任がないのはもちろんのこと、中華航空とは別に独自の就業規則も有していたのである。

右によれば、被告は、実態において、前記のとおり、中華航空と密接な関連があったとしても、独立の法人格を有し、被告の従業員もおり、独自の就業規則を有している以上、被告の従業員に中華航空の規定が当然に適用されるということはできない。

なお、被告が中華航空の総代理店であることからすれば、中華航空と密接な関連を有するのはむしろ当然であり、オフィスの共用にしても業務の効率性、経費の節減の観点から合理的であるとの判断のもとに行われている(人証略)のであり、特に不自然であるということもできない。

確かに、被告と中華航空との間での人事異動に関する被告の新旧就業規則上の規定によれば、移籍等を命じられた従業員は、これを拒むことができないのに、退職時に被告に所属しているか中華航空に所属しているかの一事によって(勤続年数にも関係なく)、航空券優待取扱制度の適用の有無が決まるというのは、従業員間で不公平感が拭えないではないが、両社がそれぞれ独立の法人である以上、やむを得ないというほかない。

3  次に、被告において、前記のとおり、中華航空と密接な関連を有すること、被告と中華航空の従業員間で航空券優待取扱制度について旧就業規則に従えば差異が生じることなどから、同制度が被告においても準用されるような慣行があったかどうかについて検討する。

被告の従業員であった井町博が退職した際、新就業規則の施行以前であったにもかかわらず、航空券優待取扱制度が適用されたことは当事者間に争いのないところ、前記認定によれば、当時、被告の要請を受けた中華航空日本支社が、本社の許可を得て行ったというのである。そのことからすると、それまで、被告において定年退職者がおらず、前例がなかったというだけでなく、被告も中華航空も被告の定年退職者の扱いについて、航空券優待取扱制度が準用されるものであるとの認識はなかったことが窺える。また、前記のとおり、原告の退職後約一年半を経て、新就業規則に航空券優待取扱制度について規定された経緯、すなわち、被告が、人材確保の観点から福利厚生面の向上を図るべく、張支社長を通じて本社に打診し、同意を得た結果であったことからすれば、新就業規則の規定が単にそれまでの慣行の明文化にすぎないというのは不自然である。そして、旧就業規則当時、右井町以外には同制度が適用された被告の従業員は皆無であったことなども併せて考慮すれば、同制度を被告の従業員に準用するとの慣行があったということはできないというべきである。

二  原告と被告の航空券優待取扱制度に関する合意について

(書証略)及び原告本人尋問には、張支社長、被告の総支配人松原邦明が原告に対し、始末書を提出して自己都合退職に応じれば、航空券優待取扱制度を適用する旨約したため、すでに被告に勤務する意思のなくなっていた原告はこれに応じて始末書(書証略)を提出したとする記載及び供述部分がある。

しかし、原告の旅客営業部長解任からその退職に至ったきっかけは、張支社長が原告の不正行為について調査し、その結果不正行為があったものと判断したことによることは当事者間に争いはない(ただし、不正行為の存否については当事者間に争いがある)ところ、その状況を踏まえれば、当時張支社長らが航空券優待取扱制度の適用を約するのは不自然である。むしろ、原告に対する退職金は支払われていること、原告が、その退職後、被告を通じて優待航空券の発券を求めてきた際、張支社長は、不正行為があった以上、優待航空券の発券はできない旨回答したこと、しかし、原告の強い要求を受けて、原告の勤続年数などを考慮して本社と検討した結果、東京、台北間のエコノミー往復航空券を発券することになり、その後は約二年を経過するまで原告からの要求はなかったこと(証拠略)などからすると、原告主張のような合意はなかったものというべきであり、他に原告の主張を認めるに足りる証拠もない。

三  以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松井千鶴子)

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